アイデアのスープのレシピ

アイデアのレシピ集

僕とパンのこれからのこと

晩ご飯の買い物にいく前に少し。忘れないように。

(写真は6~7年前のやつ。この頃からハゲ。いまもハゲ。)

僕のパンに対する関わり方が少しずつ変わって来ているような気がします。世の中での僕のパンの在り方についても震災以降の数年で劇的に変わって来たようにも思うので。

今の大きなパンをシェアするスタイルは間違っていたのか。という問いを続けて10年経ちますが、この点についてそろそろ結論を出さねばなるまいということに至りました。というのも僕の病気というのは5年後生存率というのが統計上はっきり数字で出てしまう病気なので、いままで通り「続けていればいずれは日の目を見るだろう」という楽観的な歩幅で歩んでいても日の目を見ないまま終わってしまう確率が非常に高いということが予想されるからです。

じゃあ、グランパーニュをやめるのか?ということになりますが、10年の月日の中で、僕がパンで作りたかった「何か」が少しずつ見えてきたので、何も形状や思想やスタイルにこだわって他の要素を犠牲にすることを厭わないという今のやり方に必要性が無くなってきたという事に気づき始めたわけです。そのきっかけは「肉のグランパーニュ」グランパーニュ・ヴィアンドの登場でした。

僕は最初5キロのパンをシェアするという販売スタイルと、形状や表面上の質感の目先を変えてパンのバリエーションを増やす従来のやり方の裏を行くスタイルを目指しました。見た目はどれも同じ楕円形の5キロのパンなのですが、スライスすると内部の鮮やかな色が見えてくるというものです。固い殻に覆われた不思議な木の実のように、クラスト部分に大切に守られた内部のクラムは柔らかく水分を含み、色彩を持ち、香りを放つ。パンは人工物でありながら自然物を人の手によって再構成した、素材と料理の中間の存在なのではないかという考えのもとで僕が今まで様々な新しいスタイルのパンを生み出してきました。

グランパーニュ・ヴィアンドはそんな僕の持っていたパンに対する独自の思想を突き詰めた新しいパンです。パンというよりも新しい「素材」です。パンは着色性や着香性に優れた多孔質の加工食品です。なので、世の中のありとあらゆる物をパンというスタイルで再構成する事が可能です。いままで焼いていた四季のグランパーニュは果実などを木の実という形状に再構成したものです。ヴィアンドは動物性の素材をパンで作り直す(再構成)が可能であるという事を世の中に示せたのではないかと考えています。現に全国のシェフからも問い合わせも多く頂いておりますし、注目度は一般消費者というよりも興味を持ったプロの料理人からの熱い視線が多いです。

僕のパンは一般消費者向けではない。というのは分かっていたのですが、僕の中で長く心を支配していた「特殊なジャンル、今までに無い新しいスタイルを一般消費者に問いかけ、世の中に新しいジャンルを定着させる」という途方も無い夢はおそらく無茶苦茶な無理難題だったのだろうという結論に至りました。決してパンとして優れた物だとは思っていません、ただ、僕は僕から始まる新しいジャンルを築き上げたかっただけなのかも知れません。1%でも僕のパンの事を面白いと思ってくれる人がいれば良いなあと思ったのですが、他にもパンとして優れた物があれば、たとえ1%のチャンスがあったとしてもそこで選ばれる確率も低いと思いました。

心のどこかでうごめく承認欲求と自分のスタイルを世の中に押し付けたいという自分勝手な考えの狭間の中で、かなり長い時間悩んだような気がします。しかし、もうそれほどのんびりしている時間も無いので、本当にやりたい事を分かりやすいスタイルで表現して、ちゃんと楽しんでもらってはどうか。という、そんな考えに至りました。大きなパンを分け合うというのは僕の幼少期から味わえなかった家族の幸せな団らんに対する憧れであり、パンが大きな事に商品的にはそれほどの意味はありません。僕の勝手な個人的な思いを込めただけです。

数ある職業の中から「パン屋」という職業を選んだのに何かの意味があるとするなら、僕は絶えず新しいものを世の中に生み出す他に無いと思っています。ただ、それを一般消費者向けに売っていこうということに無理があっただけで、僕だけが持つ特殊なノウハウや感覚はもっと一般的なスタイルのパンに適用することだってできるのではないか?そう思い始めました。

先月から「ももたん」という新しいお土産菓子を販売しています。短期間ですが実績が予想を遥かに超えていてもうパンの売り上げを抜きそうな感じです。これも7年前から取り組んでいた菓子研究の集大成です。大規模な工場を持つ所でしか作れないものを家族経営で切り込んでいくというドラマチックな展開になっています。5年で岡山土産市場のシェアトップを狙っています。かなわぬ夢ではないと思います。「ももたん」もことの始まりは「女王製菓」という企画で進めていたものでしたが、それを一般化させることで世の中に浸透しやすくなったのです。たぶん来年の今頃は、ナショナルデパートってパンも焼いていたんですか~と言われるようになると思う。そのために菓子の研究をしていたんだし、だとすればこれもずっと前から予想していた事なんだろうなあと。

新しいという切り口は僕の生きる道ですが、それを愛してもらうためにはスタイルを少し変えてみようかなと。新しいスタイルの僕のパン、7月までには皆さんにお届けできるようこれから頑張って作り上げます。関係各位にも扱ってもらえるようにお願いをして回りたいと思っています。僕の思いはパンに込めて、スタイルは手に取りやすく。やはり僕には新しいものを作るしか能がない、時間が限られた今の僕にはやはり新しいものを世に問うという生き方しか無いのだなあと、自分でも呆れ返ってしまうほど本当に僕はバカの一つ覚えの生き方しかできないと、そう思いました。

僕とパンのこれからのことについて考えて、その中で自分にしかできない生き方があるなんて、もしかしたら僕は幸せ者なのかもしれないです。よろしく。