アイデアのスープのレシピ

アイデアのレシピ集

売るためのパンなのか食べるためのパンなのか。

大好きな焼肉屋さんでお店のマダムからこういう質問があった。

「私は焼肉を週に何度か食べるんですが、ヒデシマさんはお店のパンをけっこう食べたりするんですか?」

おお、そういう質問はいままであまりされたことがない、というかそういう質問をされる距離まで人と親しくなることがほとんど無いので、あんまり考えたことがなかったけど、そういえば僕はあんまり自分のパンを食べたりしないなあと。まあ、パン自体をそれほど買う機会が無い。昔の友人知人は今僕がパン屋をやっていることに驚く人も多い。僕とパンを結びつけるイメージというのがほとんど無いからだ。パンを買うときはランチパックかセブンイレブンで新作が出たときくらいしか買わない。

過去にもブログで書いたかもしれないが、僕はパンが好きか嫌いかというよりもパンに対して良いイメージを持ったことが無い。母が買い置きしておいてくれたパンというものは、幼い僕にとっては両親のいない冷たい家で一人で食べるものであり、トースターで焼き直した時に安い油脂が焦げるすえた臭いが家中に広がるイメージしか無い。油まみれのパンの目にしみる臭いや、父親が愛人とよろしくやっていたりするイメージや、母親が狂ったように泣いているイメージしか思い浮かばない。だから僕は1人前の大きさで焼かれた一般的なパンを焼かないし、油脂を使ったパンを焼いたりしない。鍵っ子の子供に買い置きするパンだけは死んでも焼かないというのも心の中にあるかもしれない。

基本的にパン屋さんのパンというものを食べない。たくさんのパンが並んだパン屋さんは家族連れで出かける楽しいイメージかもしれないけど、たくさんの人が出入りする空間にむき出しで並べたパンにたくさんの人の唾液が飛び散っているイメージしかしない。潔癖性とかでなくて単に不衛生な売り方で焼き立てのシズルを演出しているのにも無理を感じてしまう。それがパンにとって最良の提供方法ではなく単純に売れるからそうしているという姿に共感できない。自分で何も考えていない気がする。単に楽しそうにしている家族を見ると羨ましく思うからかもしれないけど。

袋入りのパンが好きなのは時間が経っても不足無く食べられるし、なによりもあの得体の知れない油の臭いがしないところが気に入っている。大手のメーカーだとかなりの人材予算を投入して研究開発しているのだろうし、ちょっと工夫した程度のものとは雲泥の違いがあると思う。パン屋さんのパンを否定しているわけではないけど、食べる時には必ず冷めているというパンの鮮度設定のきちんと考えているのかどうかは決定的な違いがあると思う。

で、最初に書いた僕は僕のパンを食べることがあるのかということについてだけど、あんまり食べないようにしているというのが答えだと思う。僕の焼くパンは僕が理想としているパンの姿なわけだから、食べ始めると何キロでも食べ続けてしまう。パンに油を入れていないからパン自体では胃がもたれたりしない。だからいろんな酒が空いていくし脂肪分たっぷりのアテをどんどん用意してしまう。致死量のパンと酒と肉が胃の中に流し込まれるわけだから身体がもたない。

どういうパンを焼くかというより、どういうパンを焼かないか、という選択なのかもしれない。と思うことがある。世の中のパン屋さんも差別化のために普通のアンパンやカレーパンも焼くけど、同時にドイツ系やハード系のパンを焼いたりするっていうスタイルがあったりする。で、その場合どっちかのカテゴリーがスゴい下手くそだったりするので面白い。これは焼いてる人も薄々気付いているんじゃないかと。カレーパンが美味しい人はドイツパンがマズい、逆にハード系がヘタな人はクロワッサンがすごく美味かったりするっていうのは例を挙げればキリが無い。ただ、その両方を焼かないと売れないわけです。売上の大半は練乳フランスと明太子フランスなんだけどベルリーナラントブロートも焼かなきゃいけないっていうね。

日本人は何でも勉強と努力で解決すると思っているフシがあるけども、流れている血のグルーヴも大きく影響すると思うんだけど。ものすごい杓子定規で真面目な人がユニークで楽しいことをやろうとしても無理がある。まあ、無い物ねだりというのもあるからね、アンパンやカレーパンを焼いていた人がなんかヨーロッパの香りのするものに憧れて勉強して無理矢理やっちゃう的なね。戦争で負けた後に日本人女性が進駐軍相手にカンカン踊りを踊っている映像で、短くて太い足でカンカン踊りをする日本人女性を白人の男たちが蔑みの目で観ている光景を思い出す。無理してやんなくても、一番得意なものをやっていれば良いと思うんだけど、まあ日本で僕みたいなやり方でやるのは他の人じゃ無理だろうね。

話しがあちこち行ったけど、売るためのパンなのか食べるためのパンなのか。問いにもならないような話しなんだけどね。何でも完璧にこなせる人なんていないんだし、何かが上手だったら何かは下手でもいいわけで、ただチヤホヤされておかしくなってしまう人も多いからね、俺は何でも完璧に作れる!とか勘違いしてしまう人の仕事が一般化してしまうと、業界の首を絞めていくというそういう話しでした。