アイデアのスープのレシピ

アイデアのレシピ集

生きることに意味はないと分かったとしても生きていく

人生というのは何が起きるかわからない。

思いもよらぬ災難・辛苦、重い病に罹って「どうして自分が?」と胸を引き裂かれるようなこともある。

僕がガンになったときもそうだった。検査のたびにステージが進んでいるのが発覚し、手術を終えるとさらにステージが進んでいたことを知らされる。

辛い抗がん剤を耐えられたのも、家族やスタッフの顔を思い浮かべて自分の未来を信じていたからだった。また元の生活に戻るために。

手術入院の前日にスタートした新事業が初日から噴いて、全身麻酔から覚めた瞬間に最初に聞いたのは、ベッドの柵を握りしめたワイフが叫ぶ「卵が足りない!どこで仕入れたらいいの!?」という言葉だった。

ああ、そうか、あの商品は売れたんだぁ、まだぼんやりした意識の中で、ああ、まだ生きてる、死ぬかも知れないと最後っ屁でかました新しい商品がバカ売れしてる、どちらも嬉しいけど、どっちが嬉しいとかそういうのは考えもできなかった。

さあ、ここからガンとの闘いか、がんばらないとな。

ぼんやりそう思ったのは覚えている。

直腸すべてと転移していた箇所を切除したあとは、身体の中で内臓が引きつったような感覚がでる。

内臓がポジションを整えるために動いているのかも知れない。

排便障害で1日に30回も40回もトイレに駆け込み、1日の内のほとんどの時間をトイレで苦しむことになる。これに抗がん剤の副作用も加わって、自分の身体が自分の意識のコントロール下から離れていくのを実感する。ただただ辛い。

それでも耐えられたのは、何だったかはよく覚えていない。手術までのガン告知時の絶望からはあまり記憶が辿れない。

金を稼がなくてならなかった。

思っていたよりもステージが進んでいたから、いつ僕が死んでもみんなが楽しく暮らせるように事業をある程度までは成長させて安定させておかないとなと思った。

ガッツリおりたガン保険はすべて事業のためにつぎ込んだ。

パリの憧れだった場所で商売もさせてもらえた。尊敬している作家の先生に会える機会も頂いた。新事業は破竹の勢いだった。人生で一番稼いだのではないだろうか。

ガンにはなったけど、もしかして死ぬかも知れないけど、ガンがきっかけで仕事で面白い思いをさせてもらえた。ガンを克服して生きている意味があった!と喜んだ。

しかし、人生というのは何が起きるかわからない。

ガンを克服したらなにか明るい未来が待っているんじゃないかという期待や希望にあふれていたのもつかの間、待っていたのは、嫉妬や憎悪で自分の尊厳さえも踏みにじられる 地獄の世界だった。

地域や家族からも裏切られ、血みどろになってのたうち回った。

命拾いをしたところで今度は社会の憎悪に晒されて罠にはめられ仕事もお金も居場所も失い、居場所を求めて落ち延びながら東京に戻ってきた。

あれ?せっかく生きてるのに、良いことなんて無いじゃん。

むしろ、生きるのって地獄じゃね?

40歳を過ぎて丸裸でゼロからスタートしなければならなくなった。

ガンを克服して生き延びたことを後悔するような瞬間も無いといえば嘘になる。

深夜にテレビで流れる青汁の通販ストーリーを観ても、ガンなんか克服したって良いことなんてありゃしないよ。と内心で思っていた。

東京に戻ってきても、岡山で受けた屈辱は身に染みていて寝ているときに悪夢で目が覚めることが何度もあった。汗でぐっしょり濡れたシーツを掴んで涙を流したこともあった。

自分はどうして生きているのか、あのとき死んでいれば楽になれたかも知れないのに。

17年ぶりに東京に戻ってきてから必死で頑張った。心の支えになるような夢も希望も野心も特にはない。生きているから仕方なく頑張っている。頑張らないと食っていけないからだ。

食うために生きているのか、生きるために食うのか、よく分からない。生きているだけの廃人同然だ。ただ、いまは人生で一番幸せだ。なぜなら、

生きることに意味はないということに気づけたからだ。

いまはやっと心穏やかに暮らせるようになった。仕事も順調にいっている。東京なら、岡山のときのように嫉妬や利権で衝突することもない。のびのびとやらせてもらっている。

僕を支えてくれる人たちもたくさん増えた。僕も好きな人がたくさん増えた。40歳を過ぎて、こんなに新しいことに挑戦できるのかと、東京に戻ってきてよかったなあと心底思った。

最近は悪夢で飛び起きることも無くなった。よく眠れる。いや、忙しすぎて睡眠時間を長く取ろうと思うほどだ。眠るときは気を失ったように熟睡している。

人生で誰もが経験する山や谷を経てみて、今一度「生きることに意味はあるか?」と自問した時、自分はどう答えるだろうか。

生きることに意味なんかねえよ

僕はそう答えると思う。

生きることに意味はないと分かったとしても生きていく。生きるのに意味はないんだけど、せっかく生きてるんだから意義のある時間にしていきたいな、そう思うぐらいだ。

 

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