アイデアのスープのレシピ

アイデアのレシピ集

残りの人生を「キモいおっさん」(KOボーイ)として生きていかなくてはならないという事について。

最近、節約のために自炊をするんですね。まあ、いまは夫婦別居なわけなので、一人のときは質素に暮らして逢瀬で少し散財すればいいかなという感じです。で、近所のスーパーに行って、安くなった天ぷらとかを買うのが最近の楽しみなわけです。

で、先日もスーパーに行ったら僕の大好きなゲソ天がひとつ残っていて、これはラッキーだと、いつも最初に無くなる人気プロダクトが閉店間際に残っているなんて、これは運がいいななんて思っていたわけですが、おばさんが売り場の前で悩んでいるわけです。これはいけません。惣菜売り場のローカルルールとして先着順に優先権があるわけで、僕は諦めて野菜売り場にスナップエンドウを選びに行きました。

で、惣菜売り場に戻ってくると、今度は偽物のアイルトンセナのキャップをかぶったおじさんが惣菜売り場にいました。ものすごい真剣な表情でディナーを飾る品を吟味しているわけです。日に焼けた肌に深く刻まれたしわを見るに、やはり人生の先輩を差し置いて僕が天ぷらを横取りするわけにはいかないと思い、僕は肉売り場に移動しました。去り際にメンチカツが1個だけ残っているのを確認しましたが、同時にアイルトンセナのキャップをかぶったおじさんがトングでメンチカツをピックアップしているのが見えたので、僕は今夜のディナーがさみしいものになるなと覚悟しました。

僕は肉売り場に移動したのですが、特に肉を買う予定は無く、単に惣菜売り場から人気が無くなるのを待っていたわけですから気もそぞろです。チラチラと惣菜コーナーをルックアップするのですが、おじさんが動く気配はありません。僕は仕方なくレトルトカレー売り場に移動しました。

最近は1袋80円という安さのレトルトカレーがあるので、僕のような単身赴任者には助かります。「なっとくのカレー」と書いてあります。僕は想像します、このカレーを食べたら僕自身にどのように納得するのだろうかと。決して美味しいとは書かず「なっとくの」と書くあたりが家に帰るまでのワクワク感を演出してくれそうです。二つ購入しました。

ゲソ天はすでに姿を消していました。

ああ、誰が買ったのだろうか。おばさんか、アイルトンセナのおじさんか、ローカルルールを破ってピックアップするべきだったか、少し後悔しましたがレンコン天がまだひとつ残っています。希望はまだ少しだけ扉を開いていてくれているのです。しかし、今度はOLさんが惣菜コーナーで立ち尽くしています。なにやら思いつめた様でもあり、何か惣菜ではない他の事を考えているようにも見えます。僕はすぐそばのフリカケ売り場で商品を選んでいるフリをして様子を見ました。

「味道楽」か「ゆかり」なのかは悩みどころですが、家に韓国海苔が余っているし、梅干も結構な数の在庫があります。ご飯の友をここで買ってしまうと、塩分過多になりそうですし少し我慢しようと思いました。と、そのとき背中をポンポンと叩かれました。ああ、知り合いかな?と思いました。つい先日も知り合いのカフェオーナーと偶然このスーパーで顔を合わせました。向こうはお店の買出し、僕はその日に食べるイシイのお弁当くんミートボールを買っていました。人気カフェの若きオーナーは輝いていて眩しかったです。僕はしょぼくれたパン屋のオヤジなので、ミートボールを食べるのだけが唯一の楽しみです。

で、背中をポンポンと叩かれたので、僕は振り返りました。誰だろう?そこには知り合いはいません。いるのは惣菜コーナーに立っていたOLさんの肩から下げられたバッグが、執拗に僕の背中を打っている姿だけです。ああ、なんだバッグが当たっていたんだな。と思っていたら、OLさんが凄んだ表情で僕を睨みつけています。すぐに状況は飲み込めました。僕が悪いのです。僕がそこに立っていたのが悪いのです。OLさんはものすごく汚らしいものを見る様な目で僕を睨みつけます。僕はとっさに謝りました。「すみません」でもこのすみませんはバッグに当たったからではありません。バッグを当ててきたのはOLさんのほうです。僕が謝ったのは、

「キモいおっさんですみません」

という意味です。僕はつい忘れてしまいます。自分のことを。仕事をしているときは他人とも顔を合わせませんし、自分の自由にしていられます。ワイフといるときは夫婦という関係性で何とか人としての存在は保たれます。スタッフといるときもそう。ナショナルデパートの秀島という立場や夫である秀島康右という存在では、みんな普通に接してくれるのです。でも、一人でフンフン♪言いながら買い物をしているとき、そこにはただのキモいおっさんが笑っている様にしか見えないのです。

レンコン天は無くなっていました。僕は干乾びたちくわ天とイモ天をピックアップしました。持ち帰り用の透明容器がすれる乾いた音が耳の奥で響きます。結束用の緑色の輪ゴムを一つ床に落としてしまいました。ごめんなさい。

僕はスーパーを出て近くのカフェに入りました。スペシャリティーコーヒーが美味しい小さなお店です。なんとかブルボンピーベリー的な名前のコーヒーを注文しました。置いてあった雑誌ブルータスはロックの特集です。興味は無いけど読み始めると面白かったです。なんとかブルボンピーベリー的な名前のコーヒーはとても美味しいです。飲み終わって代金を支払いお店を出ても、鼻腔の置くがコーヒーの香りで満たされているのが分かります。

僕は残りの人生を「キモいおっさん」として生きていかなければなりません。これはどうしようもないことです。少しはマシになろうか、などという無駄な努力も虚しいだけです。僕は若い頃から物を作ることに関した仕事ばかりやっています。たぶんこれは作った物が評価されるから楽なんでしょうね。僕自身は評価の対象にならないので心が楽でいられます。

僕は家に帰って買い物を冷蔵庫に仕舞います。鍋を火にかけてうどんをを茹でます。干乾びたちくわ天がつゆに浸されたのを想像すると、ああ、美味しいだろうなあと嬉しくなります。ふと気付くと、なんとかブルボンピーベリー的な名前のコーヒーの香りが、鼻腔の奥でかすかに感じられました。今度あのカフェに行けるのはいつなんだろうか、と僕は思いました。