アイデアのスープのレシピ

アイデアのレシピ集

遥かなる高みを目指して

四季のカンパーニュ

スタッフの焼いたパンもすっかり良くなって来たねえ。出店準備ですっかり仕事をスタッフに押し付けているが、もうすぐパン焼き担当代わるから、もうちょいがんばってね。とかいいながら、秘密裏に進むパンの研究結果が少しずつ出始めている。焼きのレシピや手順なんかはほぼ意図通りに完成しつつあるので、あとは流通の革命を起こさなくてはいけない。自分1人で創造したパンだから、その流通方法も自分で新たに考えなければいけないのだ。

今日は第三段階目の加工方法を試した。焼き戻して食べると本当にわずかだが、かすかに酸味がある。最近の研究でほぼ酸味の無い状態まで改良する事が出来た。しかし保存時間や流通の状態でかすかに酸味が出る。普通の人には分からない程度にpHが変化して、ごくわずかだが酸度が上がる。パンは焼き上がった後でも酵母は活性している。温度が下がってもでんぷん質の分解は終わらない。ここを解決すれば残り1パーセントの問題が解決する事になる。試食後しばらく考えあぐねていた。

「ぜんぜん気にならないですよ」

ゆきちゃんが言った。そうなんだ。僕らなら気にしない程度の酸味でも、普段から天然酵母のパンを食べていない人には気になってしまうんだ。そのほんのわずかな差。そこにこそカンパーニュがパンのひとつとして認知されるかどうかの大きな差を生む。

天然酵母だから酸味があって当たり前というのはパン屋の甘えだ。天然酵母のパンは市場の1%にも満たないんだ。普段スーパーで食パンを買ったり、コンビニで菓子パンやサンドイッチを買っている人にも美味しいと言ってもらえる商品を作らないと意味が無い。ここ最近の天然酵母ブームも何も残らないままに終わってしまう。

こだわってやってます。とか自己満足しているようでは、カンパーニュの良さは広まらない。三年前はデニッシュで埋め尽くされていた雑誌のパン特集も、今ではカンパーニュっぽいものに取って代わった。ブームがあればみんながそこに向かって進んでいく。酵母の酸味を許容してくれる1%の人を相手にこのままやっていたら、カンパーニュも流行の波に消えていくんだろう。

あともう少し、ほんのちょっと。

東京店のオープンではセレモニー的なことや特別な事はしない。その代わり、オープン時には今までの五年間を費やして完成された四季のカンパーニュを出す事が出来るだろう。

Technique traditionnelle et Nouvelle technologie.

最近リニューアルしたパンのラベルに書かれている言葉。「伝統的な手法と新しい技術」その昔バゲットやクロワッサンがこの世に始めて生まれた瞬間を、僕は四季のカンパーニュで味わう事が出来る。あともう少し、ほんの少し。高い壁も五年かけて登り続けたら、違う景色が見え始めた。誰も作らないから僕が作る。誰も考えないから僕が創造する。遥かなる高みへ続く道がもう少しで見え始めるのだろう。